手掻初代包永

手掻初代包永(てがいしょだいかねなが)は鎌倉中期、大和の刀工集団手掻(転害、天蓋)派の始祖とされています。そして手掻派という流派の代表的な刀工となります。手掻初代包永は天蓋平三郎と称していたそうです。
著名作はいくつもあり、その中には国宝もあります。長さ73センチ、反り2.7センチ。1931年1224日に重要文化財に指定され、その後1952年11月22日に国宝指定された手掻包永太刀です。この太刀は現在静嘉堂文庫という専門図書館及び美術館に収蔵されています。静嘉堂文庫美術館として常設の美術館になっているので、この太刀を実際目にできるチャンスはあるのかもしれません。
「享保名物帳」という八代将軍徳川吉宗の命令で集められた、本阿弥家で鑑定した上押形をとっていた名物刀剣台帳のことをいいます。その享保名物帳の追記部分にあたる「昔之名剣御所之剣」に手掻包永の打った名物が追加されているそうです。昔之名剣御所之剣は初期の享保名物帳には記載されないそうです。詳細が判明しており、「謹案に此御剣現に御物なり。院御料御伝来とあり。長二尺二寸六分、金造雲毛彫の御立ち造」と書かれているそうです。
他にも名物が二振ありますが、児手柏という刀は焼身(やけみ、やきみ)になっています。焼身とは火事などで高熱で火入れが入ってしまった刀身のことを言います。火事などでなくなってしまった場合は焼失といいますので、児手柏は一応現存していることになります。現在は徳川ミュージアムが所蔵しています。
実際に目にかかることができるかはその時の運によりますが、焼身の刀身でも一見の価値があるのではないでしょうか。それが名刀工の仕事ではないかと考えます。

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